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週刊た~ちん♪

清水寺は改装中⚠️(その4)安井金比羅宮

2019/09/16 13:55 イベント 旅行・お出かけ 趣味

東山五条と祇園のちょうど中間点にある、

安井金比羅宮です。

東山通りから見ると、雑然としていて、あまり印象に残らないかも知れません。

通称:安井のこんぴらさん、または縁切り神社と呼ばれています。

ご祭神は、この方。

平安時代末期の帝、崇徳天皇または崇徳上皇、崇徳院。

1156年の保元の乱で、讃岐に敗流。かの地で亡くなりました。

理不尽な生い立ちと、異父弟:後白河の非情さに、

「日本国の大魔縁となり、皇を取って民となし、民を皇となさん」と宣言。

日本の皇室を呪詛して亡くなり、怨霊化したと言い伝えられています。

平将門、菅原道真とともに日本三大怨霊とまで呼ばれることもあります。

何年か前の大河ドラマ平清盛では井浦新さんが演じていました。

断ちものをして亡くなられたので、

「断つ」「絶つ」として縁切りの神様として、今も縁切り祈願に参拝する人が絶えません。

形代(かたしろ)といわれるお札に、切りたい縁、結びたい縁を書いて、手に持ったまま、

絵馬の石碑を、表から裏にくぐり抜けます。

そして今度は裏から表にくぐり抜け、

石碑に形代を貼り付けます。(ちゃんと糊が用意されています)

誰かが貼り終わらないうちに、もう次の人がくぐり抜け始めます。


連休ともなると、すごい混雑で特に9月14日は崇徳院の命日なのでその前後、毎年の敬老の日を含む連休はすごい混雑で、

くぐり抜ける人が延々と列をなしています。

形代に書かれていることは、他人が読んでしまうこともあります。

「お酒と縁が切れますように」や「賭け事と縁が切れますように」という生活部分の縁切りから

「●●中学の●●は、この世から消えてなくなれ」

「●●営業所の●●は、嘘ばかりついているから、●●の舌を斬り断ってください」

などけっこう強烈な願掛けまであります。

もちろん男女の縁にまつわる願掛けも多くみられます。

「オンラインゲームやゲーム機と縁を切って、一生懸命に勉強が頑張れますように」

という健気な願掛けももちろん沢山あります。

みんな必死に生きてるから、いろんな切実な願いがあるのだと思います。

ただた~ちんは、他人に消えてもらって、そしたら自分がのし上がれるとか、自分がそのぶん楽になれる、というのは、

ちょっとわからないのです。

自分が切磋琢磨する、自分を磨くのと、他人は関係ないと思うから。

考え方は人それぞれですが、

た~ちんには、この絵馬の石碑と形代の束が、一個の生命体のように見えるときがあります。

人の様々な願いが、一体の生命体となって、うにょうにょワサワサと動きだし、

自分に覆いかぶさってきて、飲み込まれてしまうような、

変な感覚がときどきやってくる。

これは何なのでしょうか?

人の願い、人の業(ごう)というものが、制御されないまま、放たれると、

近くにいる人や関係ない人まで、飲みこんだり、傷つけたりすることを、

私は潜在的に怖がってるのかな❓️誰しも怖いでしょうけどね。


先日紹介した八坂庚申堂の

これも、なにかワサワサごあごあ動きだして、こちらを飲み込みにくるのでは❔

という恐怖をときどき感じて、近くを通りながら、内心、髪が逆立つようなゾワゾワ感におそわれるときがある。



安井金比羅宮のご祭神は、

崇徳上皇

大物主神

源頼政

の順になっています。

香川県の金比羅さんは、

主神が大物主神で、崇徳上皇は相殿としてお祀りされていて、

形式というか、神様のお祀られ方がちがいます。

安井金比羅宮の境内のくし塚、使い込んだ櫛をこの塚に埋めて供養するのだそうです。

ここは祇園や宮川町といった花街からも、すぐ近くです。

祇園甲部歌舞練場の裏手(東側)には崇徳院の廟所があります。

崇徳院の愛娼だった阿波内侍が、崇徳院の遺髪を埋めたのだそうです。


(崇徳天皇廟ではなく『陵』のほうは京都ではなく香川県にあります)

皇室を呪詛して崇徳院が亡くなってほどなく、皇室は政治の実権を、

台頭してきた階級、武士に奪われます。

崇徳院の予言が当たった形になりました。


明治維新の直前、崇徳院の御霊は、京都に戻され、

油小路、今出川を上がったところに白峰神宮が建立されます。

これは、皇室が、京都を崇徳院に捧げ、

自分たちは東京にいくが、皇室を御許しいただき、御守りいただきたかった意思表示とも言われています。

白峰神宮は蹴鞠の神社とも言われます。

白峰神宮ができる前、蹴鞠のお家元、飛鳥井家の邸宅だったからです。


飛鳥井家は京都テレビのアナウンサーになった方もいました。

その御姉様は、嵐山近くの曇華院門跡の尼門跡も勤めておられました。

白峰神宮の住所は、今でも上京区飛鳥井町です。

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